「毒親」という言葉が苦手・・・
定期的に来る小学1年生の男の子が聞かせてくれたお話。
「薬って毒なんよ
毒には悪い毒と良い毒があってね、薬は良い毒なんよ」
「そうなん?毒に良い毒とか悪い毒があるん?」
「そうだよ、薬は良い毒なんだって」
高学年のお友達に教えてもらった話しらしい
まあ、体質に合わない薬や間違った飲み方をすることで毒になることもあるけど・・・
「毒」ね~(苦笑)
と思いながら少しの間話し相手になっていました。
そのあとも「毒」という言葉が妙に頭に残ってしまいました。
「毒」って言葉は強いです。
毒の意味 ~goo辞書より~
1. 健康や生命を害するもの。特に、毒薬。
2. ためにならないもの。わざわいになるもの。害悪。
3. 人の心を傷つけるもの。悪意。
なんか意味を読むだけで苦しくなります。
なので、私は「毒親」という言葉も苦手で。
成長に欠かせないものを与えないネグレクトや、危害を加える様々な虐待。
自分の支配下に置きたいために暴言を吐いたり、過干渉を行う。
そのような親・・・
「毒」の意味にも当てはまるのは分かる。
でも、「毒親」という言葉が苦手。
なぜだろう?
自分の苦しみが親の影響だと気づいたとき
親の人生ではなく自分の人生を歩もうとする時期は必ず来るはずです。
反発したり、離れようとする。
並大抵ではない努力が必要だと思います。
そこから脱することで新たなステップに進むことができます。
でも進む過程において心の奥にある傷が、何かの拍子に出てくることもあるでしょう。
「毒親」という強い言葉。
「私の親は毒親」
その思い、憎しみが加わることで、より自分自身を傷つけてしまう可能性もあります。
ある女性のことを思い出しました。
その方は安定した職場で働き、結婚されていて旦那様も理解のある方。
自分探しのためにセミナーに行ったり、友達と旅行にも行くそうです。
傍から見たらうらやましいと思うくらいでした。
だけど、その堅い仕事も今の現状も不満に感じています。
心が不安定になったときに知った
それが「親のせい」だということ。
自分を苦しめている親が許せないと思ってしまいます。
そして、親に縛られた、親の望んだ、親の敷いたレールである今の人生も、その人生を歩んでいる自分自身も嫌だと感じてしまいました。
「自分のことが嫌い」だから
たくさんセミナーに通っても、パワースポットに行っても満たされない。
もっと何かを探さなければと、悪循環になっているようでした。
傷ついた気持ちに気づき、その時の悲しみとしっかり向き合うことで癒されることもあります。今の自分にその気持ちを持ち続ける必要はないと切り替わることで進めます。
苦難の中で育った自分だからこそ優れている面もあるはず。
そこにも目を向けることができるようになれば、頑張ってきた自分のことも含めて好きになれるのではないでしょうか。
ですが、原因にこだわってしまっていてはいつまでも切り替わることはなく思いは留まるばかりです。
「毒親」という強い言葉。
やっぱり頭に残ってしまいそうです。
切り替えの妨げにならないか・・・
だから私は「毒親」という言葉が苦手なのだな。